ノーマン・マクレイ「フォン・ノイマンの生涯」

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 20世紀最大の科学者の一人で、歴史上最も頭の良かった人間としてしばしば引き合いに出されるフォン・ノイマンの伝記です。
 自然科学だけでなく社会科学の分野にも多大な影響を与えており、経済学の分野でその名を知ったという方も多いものと思います。その業績は幅広く、1つ1つをとっても正確に理解できる人間は少ないですし、もちろん私も全然分かりません;-o-)本書では理論の詳細や数式を抜きにして、ノイマンが純粋数学を手始めとして数々の分野に取り組んだ経緯と輝かしい業績、そして多くの科学者との関わりについて平易な文章で解説しています。1人の天才がその才能を頼みとしながら激動の20世紀を力強く歩み、しかし確実に時代に翻弄された様子を描いた一代記としても読みごたえがあります。

 ノイマンは映画「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」のストレンジラブ博士のモデルの1人ともいわれていて、その反共的な信念とタカ派の姿勢、そして何といっても核兵器開発に重要な役割を果たしたことからマッドサイエンティストのように見られることもあります。本書でも冒頭でその辺りの評価に触れており、弁護にいささか苦慮している感さえあります。
 かといって狂気の科学者のイメージには程遠いのも確かです。本書ではノイマンが明晰な頭脳と安定した精神を保ちつつ、戦後世界の安定に貢献した存在として描かれていますが、特に先入観と違って印象に残るのは、ノイマンが常に人間的な融和を重んじていたこと、そしてこの天才を育んだのが豊かで愛情に恵まれ、活発な話題の絶えない家庭であったということです。

言い負かせば相手は傷つくし、無礼だし、なによりも相手の機嫌をそこねてしまう。ノーベル賞学者だろうが合衆国大統領だろうが、はたまたウェイターだろうが、いったん怒らせると、次に何かしたいとき、してもらいたいときに困ってしまう。思慮深い人たちでもそのへんをわかっていないことが多すぎる、とジョニーはよくこぼしていた。
(P9。「ジョニー」はノイマンの愛称)

末弟ニコラスは「父は精神生活を重んじた」と評価する。そんなマックスの姿勢は、家庭教師を選ぶときも、食卓での過ごしかたにもよく表れている。ノイマン家の昼食と夕食は活発な討論の場でもあった。いろんな学問や時事の問題が持ち出され、マーガレットも子供たちも、マックスの機転に満ちたひとことやエドワード・リアばりの即興詩を堪能した。
(P49。マックスはノイマンの父)

座を盛り上げるところではジョニーもいい線をいったけれど、主役はやっぱりマックスだった、と、よく同席したアルチュティの感想が残る。マックスはその日にした銀行の仕事を説明し、この融資をどう思うか、赤字になるリスクはどれくらいと思うか、なんて幼い息子たちにきいた。そんな対話から、融資に値する事業を助ける社会的責任と、株主や社員を食べさせていく責任を秤にかけることの大切さを教えたのだ。どの仕事をどの社員に任せたか説明したあと、「お父さんはどれくらいの裁量権を残しておけばよかったんだろうね?」などときいたりもした。
(P57)

 祖先もかなり優秀で、特に父親は有能な銀行家として活躍したとのことです。いずれ、ノイマンは遺伝的な才能と、豊かで理解のある家庭、高い教育によって生まれるべくして生まれた天才、といった描かれ方をしています。
 一方で他の科学者を情緒的に不安定で人格的にも不完全な存在として描くことが多く、ちょっと贔屓が過ぎるのでは、という気もします;-o-)

 ちなみに父親マックスについて次のような記述もあります。

カールマーン・セール大臣の特別顧問として、躍進する経済の問題を政府に助言する立場についていた。その功績で一九一三年、四十三歳のマックスは貴族に叙せられ、子孫ともどもドイツ語ならフォン・ノイマン(von Newmann)と名乗るのを許された。
(P60)

 父親は貴族の称号を金で買った、と言われることがありますが、本書ではこの部分以降の記述においてもそれを否定していることに触れておきます。

 さて、数々の業績に触れていくとキリがありませんし、補足するような知識もありませんので省略しますが、ノイマン個人の活躍だけでなく、多くの著名な科学者との交流と彼らの業績について、そしてノイマンを象徴する業績である核兵器とコンピューターの開発に多くの記述を割いており、20世紀の科学史として面白く読むことができます。つまりは科学と戦争の密接な関わりが明らかになるわけですが、ノイマン自身は自らが生んだコンピュータを使って気象の予測や制御(!)、生物の機能解明と応用、機械による自己複製などが可能になるとみて、その後の科学の発展を希望的に捉えていたことは間違いないようです。
 その他にも20世紀初頭のヨーロッパにおけるユダヤ人を巡る環境や、数々の天才たちを生んだブダペストの繁栄と教育システムなど、興味深いトピックも盛りだくさんです。邦訳から20年ほど経ち少し古くなりましたが、とても面白い本ですのでぜひ。