今日も竜王戦の中継に張り付いていますが、そんな中で羽生世代についての本を取り上げたいと思います。
本書は2015年に亡くなられた河口氏によるもので、発行は2014年です。とはいえ内容は80-90年代の将棋マガジン誌の連載記事のまとめですので、当時購読されていた方にとって目新しい内容はないと思います。しかし、単なる棋譜解説ではなく対局者や周辺の棋士たちの様子を丁寧に、ドラマチックに描いていて臨場感のある内容となっています。また、将棋界や社会の動向にもちょくちょく触れていて、そこでもバブルに沸いた時代の様子や、有名無名さまざま棋士たちの人間模様が活写されています。この辺りが当時の将棋界を知らない私のような人間にはとても新鮮に映ります。
取り上げられている対局は羽生、森内、佐藤、丸山、村山などの低段時代の対局がほとんどです。とはいえ若いライバル同士の対局も取り上げられていますし、順位戦C1級の剱持-羽生戦(剱持勝ちで、結果的に羽生の昇級を阻んだ)のような当時のファンとっては語り草のような対局も実に興味深いものです。
しかし、もっとも盛り上がるのはやはり羽生と歴戦のトップ棋士との対局です。特に1989年、第2期竜王戦決勝トーナメントの大山-羽生戦は、著者自ら記しているように本書の白眉だろうと思います。
今でいえば羽生と藤井(聡)が決勝トーナメントで当たったようなもので、出だしから並々ならぬ緊迫感のある文章が続きますが、この対局は終盤、羽生(先手)の決め手を見いだせない検討陣が次第に混乱していく中で劇的な幕切れを迎えます。
いっぺん様子を見ようと、対局室に入ると同時に、▲6六銀が指された。
数秒―――。背を丸めて盤面を見ていた大山が背筋を伸ばした。目を宙に泳がせていたが、次の瞬間、首がガクッと折れた。私は、巨人の最後を見たような気がした。6六銀が読めてなかったこと、すなわち負けを認めたのである。
(P127)
河口氏はあとがきでもこの対局のことを「最高の思い出」と述懐しているぐらいですから、この着手に目の前で立ち会えたことはまさに終生の誇りだったことしょう。
ところで、あとがきに次のような一文があります。
それにしても、デビュー戦にマスコミが大勢集まる、なんていう光景はこの後あるだろうか。仄聞するところでは、名古屋に藤井聡太君という天才児が現れ、11歳で初段、奨励会初段の最年少記録を作ったそうだ。初段ではなんともいえないが、今の三段リーグはレベルが落ちているから、最年少四段の記録を作るかもしれない。
見事に的中しました;-o-)
将棋界の世代交代はすでに現実のものとして進行中ですが、藤井の出現により、それを一層劇的に印象付ける対局が現れるかもしれません。そんな予感というか、期待を抱かせずにはおかない一冊です。今だからこそおすすめの本です。