太平洋戦争中の日本が原子力航空機と原子爆弾の開発に成功してサンフランシスコを一撃で壊滅させ、瞬く間にアメリカを屈服させるという短編小説です。
話の筋だけ見ると荒唐無稽そのものですが、この作品が雑誌「新青年」にて発表されたのが昭和19年(7月号)。現実の戦争真っ只中にあっただけでなく、アメリカの原爆開発成功と日本の被爆・降伏という正反対の結果を迎えるまで1年ほどに迫っていた、という点が極めて興味深い作品です。
当時の雑誌を手に入れるのは困難かと思いますが、近年になり写真の「日米架空戦記集成(中公文庫/長山靖生 編)」に収録されたため、現在では簡単に読むことができます。
内容ですが、30ページ足らずの短編にもかかわらず最初の9ページほどは航空燃料とウラニウムの特性に関する解説です(とてもわかりやすいです)。しかも作中の登場人物である白川博士と友枝学士の2人が現れてから実証レベルの実験にたどり着くまででさらに10ページを割いています。そこから7ページほどで博士の悲運の事故死→残った友枝と総動員された日本科学陣で原爆完成→友枝が同乗する原子力航空機が単機突入→サンフランシスコ壊滅→アメリカはパニックのうちに降伏、というものすごいスピード展開です。ジャンル的に仮想戦記に分類されているものの太平洋方面における戦場の描写は全くありません。現実の戦争と絡めてもっと盛り上げられそうな気もしますが、作者は戦争より科学に関心が向いていたのか、あるいは戦況に関する記述は何かと差し障りがあったのか、いずれ時局や戦況に関する解説もほとんどナシ。差し障りというならそもそも原子爆弾の存在の方がよほど重大な機密だったのではないかという気もしますけども、文庫のあとがきでもその辺りには触れていて、当初は禁止されていたものの、戦況が悪化する中で戦意高揚を図るために軍部が規制を緩めたとみているようです(同年の新聞にも原爆の出現を予期する記述が存在するようです)。
さて、この小説の題名ですが実は頭に「科学小説」がついていて「科学小説 桑港けし飛ぶ」となっています。確かにソードマスターヤマト並みの展開を除けばほとんど科学読み物なのですが、やはり戦中のイデオロギーは確実に、色濃く反映されています。
われ等また恨み重なる彼の本土を衝いて、天譴的爆弾を見舞い、彼等の所謂摩天楼を木端微塵に粉砕し、青鬼共をどかーンと天空高くひと束げに吹き飛ばして、快絶無比の最後の止めを刺さなければ已まない。それこそ、この戦争の最終場面を飾るにふさわしい光景ではなかろうか。
(文庫中142P)
自称「科学小説」である本作の、余りに重い一文です。無邪気なほどの単純さの中に、不可解と歴史の皮肉を感じずにはいられません;-_-)