2016年に出版された本です。
本書は大きく二つの部に分かれています。前半では観光立国のモデルとしてのスイスの例や、国内でも起こりはじめた観光地の再生事例を挙げた上で、現在の観光事情に即した施策の提案を行っています。また、後半では藻谷氏と山田氏の対談形式により日本の観光業の問題点を次々と指摘していきます。
中国などからの爆買いで一時的に潤う日本の観光業界の姿は、国内の団体客を機械的に捌くだけであったかつての地方の観光地と何ら変わりなく、「観光立国」という看板も明確な将来像や戦略を欠いた代物であるとの指摘はもっともだと思います。実際にアジアからの来訪客を十把一絡げにしか見ておらず個別対応ができていない点、従ってリピーター獲得もまるで考慮されていない点については、早くもその限界が露呈しているように感じています。
また、廉価で画一的なサービスを目指す方向性から脱却することと、特定の事業者に任せるのではなく地域と社会全体に観光を位置づけるべきという提言も当を得たものだと思います。
随所で地域の実名を挙げている点に対しては賛否があるようですが、机上論に終始するよりよほど良心的だろうと思います。
以下、印象に残った部分をいくつか。
藻谷 (中略)なのに日本ではなぜSWOTが流行ってポジショニングが流行らないか。顧客が誰なのかという要素を排したSWOTは、プロダクトアウトの発想の典型だからでしょう。
(P205)
これは経験のある方も多いと思いますが、地方のワークショップなんかでも「これからはマーケットイン的な発想での取り組みが必要だ」というところまでは理解されるものの、そこから顧客の視点を取り入れる仕組みがなく、現状分析としてSWOTなどが行われると従来の名勝旧跡や土産品が次々と挙げられていき、結局「地元のブランド産品を磨き上げよう」といった、極めてプロダクトアウト的な結論に落ち着いてしまうのです。意図する、せざるに関わらず、こういうすり替えがしばしば起こってしまうのです。
資本や経営だけでなく、多少コストが高くついても必要な資材はできるだけ地元で調達し、住民がお互いに支え合う、このような手法によって、スイスは観光・リゾート地としても独自性とクオリティを保ってきました。
(P38)
今、日本の観光・リゾート地に一番欠けているのが、この「地域内でお金を回す」という意識ではないでしょうか。特に近年は、目先の価格競争に気を取られ、一円でも安い業者から食材・資材を購入しようと躍起になっている事業者が増えています。
(P59)
地域の人材、資源を最大限に活用するというのはとても重要なポイントですが、しばしば目にする「お金を回す」というのも曲解されやすい表現であり、ともすれば(本書の批判の的になっている)従来型の排他的な構造を温存させかねません。
お金と同時に「お金の逆の方向に回すべきもの」である財・サービスに対して意識を向けるようにしないと、真に求められる”独自性とクオリティ”の追求にまで考えが及ばないのではないかと、この表現を見るたびに気になります。
山田 単純な割引キャンペーンよりも更に怖いと言われているのがJRの「デスティネーションキャンペーン(DC)」です。最近は「ドーピングキャンペーン」と呼ばれていますね。(中略)実際、DCを仕掛けた後に継続して売れているという地域はほとんどありません。
(P163)
DCとか(観光とはちょっと別ですが)国体とかはいまや「やっている県でしか知られていない」イベントの代表格です。
本書はあちこちでイベントや観光地の実名を挙げていますが(全くではなく、やはり伏せているところもあります)、思ったほど毒がなくて、むしろいろんな地域を丁寧に見てるなあと思いました。私自身は概ね正当な批評だろうと感じています。
藻谷 熱海は実は、東海道新幹線沿線で消滅可能性が一番高い自治体なんです。人口は最盛期の半分ぐらい。「知名度がないから問題だ」とか「交通の便がダメだから新幹線をよこせ」とかいう人たち全てのアンチテーゼが熱海です。
(P223)
宣伝もアクセス改善も全く不要というわけではないのでしょうが、芯のある観光施策が存在しなければそれらも一時しのぎにしかなりません。
藻谷 (中略)つまり、今の旅行代理店は、ダメな商品を集めて感度の低い客に売るというディスカウンターサービスになっているわけですね。(中略)改善しちゃうと直販を始めて、代理店を通さなくなっちゃいますから。これ、関係者はみんな知っているけど言わないですよね。
(P177)
知らなくとも農業などにも全く同じ構造があるため、容易に想像がつくのが悲しいところです;-o-)
その他にも頷かされる点は多く、挙げていくとキリがありませんが、補助金に群がる事業者や質の低い人材(ガイド)育成の現状など、観光のみにとどまらず各産業に共通する問題をよく捉えています。特に「官」が絡む産業振興のあり方に疑問を感じている方にご一読いただきたいと思います。